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【プリンシパル 浅川紫織 現役引退記者会見】

【プリンシパル 浅川紫織 現役引退記者会見より抜粋】

熊川
今日は有り難うございました。こういう日が必ずダンサーというものはいつか訪れる、避けられないことですので、これから成熟していく期待もあるこの時期なのですが、本人の葛藤と抱えている怪我がありまして、こういう日を迎える準備を始めることとなりました。浅川は17歳の出会いの時から輝くもの、バレリーナとして必要不可欠な条件が揃っていまして、当時10代の頃から光るものがありました。絶対的な容姿とバレリーナとしての素晴らしい脚、そしてプリンシパルになるにつれ鍛え上げられていく精神力など、トップバレリーナとして多角面から全てのものを吸収してきたダンサーです。Kバレエの生え抜きとしてトップバレリーナとして花開いたことは、本当に感謝つつ、素晴らしい夢を僕自身も見せてもらいまして、常に感動がそこにありました。最後は痛みに打ち勝つ姿を見てきましたので、自分自身の中でも細胞をえぐるような感情を持ちまして、なかなかこのようなダンサーとの出会いは今後あるのか、不安でもあり、複雑な気持ちは正直残ってはいます。けれども、本人が決めることですし、側から見たらそんなことを考えている印象はなかったので、驚かれた方も多かったかもしれません。そういった姿を見せることで、バレリーナという姿(生き方)を後輩に残してくれたと思います。最後の「ロミオとジュリエット」の舞台まで導いてあげて、大きな喝采を贈りたいと思います。Kバレエを築いた名バレリーナとして長い間輝いた浅川に感謝しつつ、これからも自分が培ってきたノウハウを後輩たちに継承していって欲しいなと思います。本当に目に入れても痛くないくらい可愛いバレリーナでしたけれども、無常感で切ない気持ちはありますが、これからも応援を宜しくお願い致します。

浅川
みなさま、この度はこのような場にお集まりいただき有難うございます。ディレクターの言葉を聞いていたら、感極まってしまって、いろいろお話したいことを考えていたのですけれども、(言葉が出なくて)すみません。

Q浅川さんの存在が熊川さんの芸術に与える影響というのはどのようなものでしたか?

熊川
それは全てと言っても過言ではないですね。やはり浅川くらいの素材はなかなか出会えるものではないし、なおかつ旧知の師弟関係を築いた上での結果が作品に影響、印象を与えたので。もちろん昨秋の「クレオパトラ」に関しても浅川は偉業を成し遂げてくれた一人ですし、「クレオパトラ」を制作するにあたり、本当に中村と浅川の素晴らしい素材、ダンサーあっての作品だと思います。音楽とダンサーがなくては自分の頭はただの空回りに終わってしまいますから。「死霊の恋」の時は、この時は正直まだ浅川とはこの話をしていませんでしたので、浅川に(作品を)贈りたいということではなくて、ただピュアに作品を成功させるべく、ゴーティエとショパンと肩を並べようという気持ちで、(浅川を起用することで)大変インスパイアされた作品ができました。今後浅川が踊ることはないのですが、映像も撮りましたので、ぜひ観ていただきたいなと思います。 やっぱりバレリーナというのは、酷なアートです。バレエは美しくなくてはいけない。夢を与えないといけない。そして孤高なる偉大な芸術家たちと調和が取れないといけないという大変なハードルがあって、なおかつ、アジア人であるところの更なるハードルがあった上で、偶然の神からのギフト、本当に「Gifted Child」と言いますけれども、そこを簡単にクリアーしているのが浅川でしたので、全ての芸術で彼女は成立すると言っても良いでしょう。今までこういうことは言ったことはないのですが、最後ですので惜しみなく伝えたいと思います。

Q具体的にいつ頃から引退しようと決められたのですか?期限をきる決断をすることで気づいたことや心境の変化はありましたか?

浅川
具体的な決意というものは実はいつ決意したということではなく、実をいうと常に「明日歩けなくなるかもしれない。いつか踊れなくなるかもしれない」という状況で実はやっていましたので、自分の中では6年前に大きく怪我をした時から常にずっと覚悟と言いますか「いつ踊れなくなっても・・」という気持ちで毎日を送っていたので、「引退」といってしまうと大きなことに聞こえますが、自分の中では自然に状況や自分の立場とか考えて、カンパニーの顔としてプリンシパルとして色々な責任がある中で、そういう流れが自然で、自分だけが歩けなくなるまで踊ればいい、私だけが良ければいいというものではないと思いました。今まではバレエを踊ることが全てだと思っていました。Kバレエで過ごす時間が全てだと思っていましたが、年齢を重ねてバレエでも他の方向からの接し方がある、関わり方があるし、私が舞台で踊らなくてもバレエ人生が終わるわけではないと思うようになりました。とても前向きに捉えています。

Q来週の白鳥はどういった舞台にしたいですか?

浅川
「白鳥の湖」のオデットとオディールという役は、私の中でも大切に踊ってきた役ですので、今舞台を最後とするという時に「白鳥」を踊れるということは幸せなことですし、自分の全てを投じるにふさわしい作品ですので、自分のできることを全てお見せしてお客様に感動をお届けしたいです。

Q後輩に伝えるとしたらどんな言葉をかけますか?

浅川
それぞれみんな頑張っているし、目標を持っていると思いますが、私も若い時に27歳で大怪我するとは思ってもいませんでしたので、ずっと舞台で当然踊っていけるものだと思っていましたが、やはり予期せぬことは起こるものです。そうなった時に私は毎日を「フルアウト」で全身全霊でバレエに過ごしてきました。復帰はしたいと思っていましたが、もし踊れなくても自分の全てでやりきっていると思えたので、後輩たちには「フルアウトしてやりきれ」と伝えたいと思います。

Q今後の活動についてなど教えていただけますか?

熊川
これからは社会人としてどう成長していくかだと思いますけれども、やはりバレエを一途にやってきた少年少女たちは社会性に欠けていることが多いので、浅川もバレエしかやっていないから、社会を知らない、社会との関わりも少ない。私たちはこういった(人前でお話をする)機会もあれば、たくさんのスポンサーや企業とのお付き合いもあり、そういった中で社会との繋がりがありますけれども、まだまだ足りないですよね。そういうこともこれから経験して、これからの時間も芸術に費やして欲しいですし、ポジンションも考えていってあげたいなと思います。僕もいつまでも芸術監督をしているわけではないでしょうから、ゆくゆくは後輩に譲っていく中で、その候補としまして成長していって欲しいなと思いますし、もちろん教師というのは当たり前で、大人の義務として後輩の指導というのは主軸としてあると思います。

Q入団した時は色々な将来を思い描いていたと思いますが、Kバレエでキャリアを全うして終えるに当たって、どんな思いを思っていますか?

浅川
振り返ると、イングリッシュ・ナショナル・バレエスクールの時にディレクターに出会えたことは、今考えると本当に幸運なことですし、それによってKバレエに入団して、ディレクターから本当に数えきれない色々なことを与えていただいて、精神面も全て色々なことを学ばせていただいて、そして全てを捧げていたKバレエで最後の舞台を全うできるということは幸せだなと思います。